いまさらながら、言ってみた♪

なんとなくQ&A(たまによけいなひとこと付き)です(*^▽^*)




Q、 直弥のお寺はどのぐらい古いのですか?



A、今から800年以上前、平安末から鎌倉初期とされます。理由の一つは寺伝に
  「治承四年(1180)庚子ノ春、頼朝公ヨリ印宣シ賜ル、(中略)
  或日、此虚空蔵堂ニ止宿シテ(後略)」との
  記録『本尊由来幷勧化之序』があることからです。
  ただしこの記録自体が江戸期の安永10年(1781)のものですし、
  源頼朝が立ち寄った可能性などを鑑みると、
  史実としては疑わしくあくまで“寺伝”だと思います。





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『本尊由来幷勧化之序』





Q、確かな史料にある年代はどこからですか?



A、約420年前、戦国時代末の慶長年間です。
 寺所蔵の「北条氏勝寄進資料(市指定)」のうち、「牡丹唐草文様」の七条袈裟に
  慶長2年(1597)の銘が見られます。
 また、大須観音(名古屋市)所蔵の「真福寺文庫」の中に
  「下総作倉宝金剛寺住侶順音覺尊」が
 「慶長十五庚戌季春朔日(1610/3/1)」に写本したとの奥書のある教典が見られます。
 
  


 


Q、有名な人のお墓、ある?




A、戦国期の大名、北条氏勝(ほうじょううじかつ)の墓所があります。
  北条氏勝(1559-1611)は北条早雲(伊勢盛時)を祖とする小田原北条一族の中で、
  玉縄北条と呼ばれる一族です。
  豊臣秀吉による小田原攻めの際、山中城での奮戦を経て徳川家康に従い、
  後に岩富城主となりました。
  現在はマイナーな印象があるかもしれませんが、徳川家康や秀忠とのつながりや
  本多忠勝との関係性から見る存在感や、かつて城主であった玉縄城(鎌倉市)の保存活動。
  そして現存する記銘史料の考証などにより、今後注目度が増してゆくことでしょう。









Q、除夜の鐘、撞いてますか?



A、当寺には現在、鐘がありません。
  かつて天明期(1781-1789)に立てられた鐘楼門がありましたが、
  その鐘は第二次世界大戦で供出されました。
  その後、門自体も老朽化によって戦後すぐに解体されています。
  山門関係の史料については複数現存しており、堂内の常設展示で公開しています。
  ま、大晦日に鐘を撞くという行為にどれだけ歴史があるのかはおいておいて。
  鐘楼門は復活できると良いなと個人的には思います。現実にはさてどうでしょう。





②鐘勧進記(安永3年)1 表紙
山門建立前に鋳造された鐘の記録『鐘勧進記』







仏教的なことも書かなくてはと考えつつ寺史に偏ってしまったので、

また折を見てQ&Aを書こうと思います♪


いつものオソウジ♪

さぁさぁ、境内裏の竹やぶをそうじしましょう!!




今年ももうそんな季節ですね(*^▽^*)




古い枯れ竹を寄せて、




込み合って伸びたところは間引いて。




チェンソーで切って、引っ張って倒して。




適当なサイズにバラシて、引きずり出して。




寄せて、燃やす。ガンガン、燃やす!






このところ葬儀も続いて、頭脳労働で疲れているからか。





肉体労働が心地よい♪





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見た目はほとんど変わらないなぁ(^▽^;)






でもくじけずに頑張りましょう!





持ち前の地道にコツコツってやつで。




地面を見やると「ふきのとう」を発見♪





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なかなか好い心持です♪♪




その声は、愚痴か弱音か本心か

相変わらず寒いですね。



積雪に悩まされない関東地方は恵まれているのでしょうが。



トシのせいか(?!)寒さが身に沁みます(^▽^;)






さて、本日夕刻からは支所の集まり。



おっと、急に「支所」といってもわかりませんよね。




当寺は真言宗豊山派に属しているのですが、



その中で「千葉県第四号」という西は八千代・印西から印旛郡、そして東は香取をエリアとした、




宗務支所管内にあります。





つまり本日はこの「千葉県第四号宗務支所」の会合というわけです。







でもちょっと気が重い。。。






いや、コミュ障気味だからというのではなく。(一つの要因としてはあるが)





実はとある役職の打診をいただいているからです。





「とある」といっても実際にどんなものか全く把握していないのですが。




それよりなにより、私この「役職」なるものがニガテで特にここ数年は頭を悩ませているんです( ;∀;)














例えば地域では今、①社会福祉協議会委員なるものを任じられています。




この委員自体は経緯もあり、納得しているのですが、




ここからあれよといううちに②同理事・③広報部副部長、そして新しくはじまる④独居老人へのお手伝いサービスの委員。




そして数年後に動き出すらしい地域の⑤歴史調査委員の打診。




これらは自分の意思とは関係ないところで次々に進んでいってしまう。





そして数年前から複数回の⑥地元小学校PTA会長への打診。




さらに地元区の⑦民生委員・児童委員への打診。





⑥・⑦は現在固辞していますが、どちらも「お坊さんなんだから(少しぐらい)地域に貢献しないとだめだよ!」




というプレッシャーをリアルにかけられています。



(というか全く貢献していない前提なんですか。。。)






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客殿玄関前の梅が咲いた♪








いやいや、私基本的に集団の共有意見を感じ取ったりする能力が著しく欠如していますから!!!




その辺の自覚有るんですよ。いわゆる「空気読めない人間」です(/ω\)




孤独に地味~に




他の人が現在見向きもしないケド、




きっといつか役に立つような事柄を調べたりとかしているのが向いてます!








そんなことを悩んでいた矢先のまさかの支所の役職ですから。。。






(支所だって既に①布教師と②広報部会に所属しているのだ)







まず基本的なスタンスとして、私権力志向というか出世欲みたいなものがありません。





大学だって自らの判断で辞めてるし。



お坊さんの位だって全然無頓着で、後輩のみなさんが面倒くさがるほどです。






だけど、やりたくないことはやらないでは社会人としてどうかと思うし。




地域のお寺を守る身として地域の役に立てるなら頑張りたいとは思うのですよね。




さらにいえば、一介固辞していやいや引き受けたみたいなやり取りとかダサいしなぁ。





ま、人生なんて思い通りにはいかないモンだ♪






悩み過ぎずにどうせなら楽しむべしっ






十年一昔

子どもの成長に伴い家族の寝室を模様替えしようと。



数日前からせっせとお片付けをする妻。




そんな中、棚を整理していくと、私の古い日記が出てきました♪♪










これは平成18年(2006)の1月から6月までのもの。




しばし掃除の手を止めて、「懐かしいなぁ~」とペラペラめくってしまいました(;´∀`)





このころは妻が長男を身ごもり、本堂建設事業が*¹視覚的に動き出すまさに直前のころ。
(*¹旧本堂解体直前時分のこと)




では、本堂解体とその後はと言えば、落慶式までの*²寺誌としての記録に取って代わっていきます。
(*²2006/03/31-2008/06/28)














IMG_20180121_125617_201801212054452d4.jpg
個人の日記(写真左)と寺誌「お堂(寺)が出来るまで」(No.1~No.8)





日記には当時の葛藤や重圧。




そんな状況を開き直り、あえてカル~い表現で綴ってありました♪♪












あらためて振り返ると、



本堂建設事業による建造物の新築から10年が経ち。 (゚Д゚)ヘェー






経験を積み上げたのならば自信を深めたいし。




もし、自分の中で知らず知らずに積み重なったミスや慢心があるなら見直したいなと。





近年はそんなふうに感じております!









ただ、自分は厭世的な思考回路が本来の基盤であり、




実際に潰れかけた(?!)経験から楽天的な思考に組み替えた経緯があるので。





そのあたりは慎重にいきたいのですけれどー(#^^#)







・「~すべきだ」的な思考に陥らない。


・責任は認める。ただし自分を責めない。


・いざとなったら生きてるだけでも意味はある。


・お風呂はキモチいい♪










<好きな言葉>

「不易流行」

「犬馬難 鬼魅易」









「誤解されやすくに輪なじめない(妻談)」タイプの田舎坊主ではありますが。



周りの人に恵まれて、やっとこさなんとこさ♪♪





学び始め?!

曇天の寒さではございますが、


本日は張り切って少し遠くの施設へ移動 ε=ε=ε=(o゚ー゚)oブーン!!


山武市にある松尾洗心館へ講座を聴講に。










仏教文化講座 10:00~12:00
「清凉寺の釈迦如来像」 講師:濱名徳順







「生身の釈迦」として信仰厚い嵯峨清凉寺の釈迦如来像。



そして霊験仏としての信仰として鎌倉期以降は真言律の教線とともに房総にも広がった「清凉寺式釈迦如来」。






個人的には以前より正覚院(八千代市村上)のご開帳でもなじみ深く。



更には一昨年来より奈良博金沢文庫で関連の特別展示を観る機会が多いので、



特に興味深く拝聴しました!!










慌ててお寺へ帰り、そして午後からは~♪





昨年末より始まった当寺境内の石造物調査です(*´▽`*)





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こちらは八千代市郷土歴史研究会の皆さんを中心に、


今回は秩父講(秩父観音霊場を巡る団体)に関する石を調べていきます。









私にとってはいつも当然のように見ている石造物たちですから。



新鮮な目線で観ることは難しいものです。




そうはいっても地元に伝わる貴重な資料。



だからこそ、このような調査はとても大切ですね♪










今年の学び始めともいえる本日。






こりゃ、今年もいい年になりそうだ♪♪

プロフィール

naoyanootera

Author:naoyanootera
千葉県佐倉市直弥にある「宝金剛寺」というお寺の住職です。
お寺の日常や坊さんとして思った事、他趣味やらをつらつらと。。

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