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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 とろとろ吐露と・・・


あっはっは~のは♪


皆さんお元気ですか。私は元気です(*^▽^*)




さて、


ふとした機会に、葬儀社で働く御仁と話し込んだ。

彼とは仕事がら交流も多く、また世代的にもオイラと近い。


いろいろ意見交換をした。




ふぅぅむ♪




身になる時間でした。




でも、「癒着だ!」「結託だ!」なんて言われるのかな。。。

だからかえって真実を伝えるのは難しい。






・葬送儀礼(以下:葬儀)はこれからどうなるのか。
・そこにはどんな問題があるのか。
・時代の変化にどのように対応し、どこを守らなくてはいけないか。
・どんな可能性があるか。また何を戒めなければならないのか。 etc




オイラは理想を語るだけでお腹一杯になることが一番嫌い。

そうでなくとも葬儀とは人間の生死にかかわるだけに理想論に支配されがちだ。

だからそもそも論や、〇〇すべきだ論はしない。

現実としてどうなのか。そして何が事実あるいは真実なのか。


そんなことを思いながら話す。






今、葬儀はひとつの転換期にあるようだ。

いや、そう示されているのか思わされているのかワカラナイ。



葬式坊主への批判・お布施や葬儀代金のトラブル。

直葬という名の現実逃避・排他的な無神論。

超個人主義社会と絆というワードの矛盾。

とにかくネガティブな要素に事欠かない。





そりゃあ、葬儀現場に関わる人の努力が足りないって言われればそれまでだけど。

当然誠心誠意努めている人もいる訳で。







小さな事実を誠実に積み上げていっても、


先入観に見誤れ、偏見に飲み込まれ。






そんなことに傷ついてしまうのさ。







でもね。


やっぱりそこに画期的な解決策は無いし。

革命的な方法を探すことは、ミスリードにつながるような気がしてならない。





淡々と、ただ丁寧に心を込めて。

まずはそれしかないのかなと。






そんな思いを共有できる人とつながってゆきたいな(#^^#)

そう思えるのならね。




雨の日もまた良いのだ♪




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