Welcome to my blog

ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 過疎、限界、衰退っての?


先日読んだ本がとても興味深かった♪





限界集落の真実: 過疎の村は消えるか? (ちくま新書)限界集落の真実: 過疎の村は消えるか? (ちくま新書)
(2012/01/05)
山下 祐介

商品詳細を見る





「限界集落はどこも消滅寸前」は嘘である。危機を煽り立てるだけの報道や、カネによる解決に終始する政府の過疎対策の誤りを正し、真の地域再生とは何かを考える。(他頁より引用)





私の住んでいる地区(佐倉市:和田地区)は農村地域であるが専業農家は少ない。

そして現在の農家現役者の平均年齢は高く、みな声をそろえて「次代は農家なんてできない」と語る。

地元小学校の児童数は減っており、地域の高齢化が進んでいるように見え、いわゆる「過疎地域」ともとれる。


何かの会合でも・お檀家さんとも話でも

「若い人が少ない」「昔はもっと活気があった」「子供がいない」と話題になる。



そんな環境で生活しているオイラはいつもいくつかの疑問が浮かぶ。



A)過去の歴史の中で、本当に今は少ない状態なのか?

B)原因はすべてネガティブなものなのか?

C)そもそも増え続けなければいけないのか?




Aはデータを取らないとわからない。

でも、近代に入って人口が一気に増えたというような事はないのかなぁ。



BとCはオイラが天邪鬼なだけかもしれないけれど。

過去に何らかの理由があって増えたとして、もちろんそこにはメリットがあったと思うけれど、

当然デメリットもあったと思う。

だからそのデメリットを解消する揺り戻しとして(地域の人口密度が比較的に)減っているのだとしたら・・・。


Cなんて特にそうで、「増える=良」だとしたらその根拠は何?と思う。






この場合の増えるはひょっとして「経済発展」かな?

もちろん経済発展することは素晴らしいけれど、例えば現代は

「物質が豊かになったが、その分、心が貧しくなってはいないか」などとよく言われる。

つまり「経済と精神の豊かさは反比例する」っていう仮説がたつよね。

もちろん極端に決めつけることはナンセンスだしそれがすべてとも思わないけれど、

もしそんな思いをなんとなく感ずる人が多いのであればつまり

「心を豊かにしたいから物質の豊かさを追い求めない」となってるという捉え方も存在するんじゃないかな?


まぁ、私自身も理論として確立しているわけではないし。

「じゃぁほっといて絶対平気なのか?」などと言われれば断言できないし、

「そんなの無責任ジャン」と畳みかけられれば黙ってしまうかもなぁ。



ただ、どうも私は「過疎化してますよ!このままではやばいですよ!」とか

「つまりこの数値は限界集落と言えますよ!」とかみたいな危機感を煽る類に反発を覚える性質で。







以前読んだ商店街にまつわる本も為になったけど。


商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)
(2012/05/17)
新 雅史

商品詳細を見る





そんな意味で、この本は新しい角度から現状を考えさせられたし、個人的には共感できるものだったのだ。

ナルホドー(*´Д`)











・・・・って (゚Д゚)ノ








オイラはいったい偉そうに何を語っているのだ!

本を読んだだけですべて理解したような気になるなよ!


と自分を諭しつつ。






さて、まずは目の前の檀務に勤しみましょう !(^^)!ハーイ!!!




関連記事

0 Comments

Add your comment