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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 送られなかった手紙

当寺本堂の什物常設展示

展示品の、「一年志願兵軍隊日記」を取り出しました。





理由は

①古文書の修復

そして

②行政への貸し出し。


といってもこの2点は連動しておりまして、正確には

「夏の地元公民館による展示会(予定)。そちらに貸し出す品を今のうちに修復する」ということです♪







というわけで、

空いたスペースに新たな展示をいたしましょう(*^▽^*)





お寺に伝わるたからもの その㉓

『京極盛濟書状』 24年(明治24・1891)2月7日




④ 蓮台寺 書状





宝金剛寺34世京極盛濟が緑海邨松ケ谷区(現山武市松ケ谷)蓮台寺住職京極某に宛てたもの。
自らの師僧と思われる人物が病を再発した旨を伝える内容となっています。
寺の記録では33世盛範が明治24年2月14日に没しており、手紙をしたためた後に先代が遷化し、
文面と状況が変わり投函しなかったと考えられます。
蓮台寺は現在真言宗智山派に属し、常駐の僧侶は居らず、同市内のお寺にて兼務されています。
本尊長谷寺式十一面観世音菩薩立像は13世紀後半にさかのぼる古仏ですが、33年に一度ご開帳の秘仏であり
見学は出来ません。











〈釈文〉

乱文乱筆平ニ乞高免、
取急前文略ス、陳者
生□□(師範カ)事久々病気之
処、方今ニ至りテハ
追々全快ニ趣キ安心
致し居候処、本月三日
ヨリ又々病気相発シ
医療相加へ、服薬致し
居候得共、爾今全快ニ
不相成、命ニハ障り無
シト存し候得共、乍略儀
此如ク上申仕候、余二得スレバ
対願ヲ一万々 
可申上候、頓首
    和田村直弥区
      宝金剛寺ニ而
 廿四年   京極盛済
   二月七日    拝

緑海邨 松ケ谷区
  蓮台寺御山主
   京極□□様







 
住職所見:

数年前、山武市にあるお寺のご住職さんからふいに「京極さんってこの辺に親戚いない?」と尋ねられました。

聞けば以前に京極と名乗る方が、付近にあるらしい先祖のお墓を探していたとの事。

私は全く身に覚えがなかったので「たぶん(本心では絶対)、いないと思います」と回答しました。

時は経ち、そんな出来事は丸ごと忘れていたのですがこの書状を見つけてから考えは一転!

おそらくこの書状の差出人あるいは宛名のどちらかのご子孫なのでしょう。

宝金剛寺歴代で血縁にあたるのは35世盛海(私の祖父)から。

差出人の盛濟は34世なので、わからなくても当然だったかもしれません。

ちなみに当文書の釈文は「宝金剛寺の文書を読む会」によるものです♪







今後ともコツコツUPしてまいりますので、
皆さまのあたたかいご支援と書き込みをお待ちしております♪


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