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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 在りし日の境内

ずいぶんと雨が降りますね。。。




この天気では草刈りもタケノコ折りも出来ませんので、本日は建物内で出来ることをしよう!



ひたすら卒塔婆をカキカキ(#^^#)



う。



筆圧が悪いのか手首が痛い(;´Д`)イタタ




というわけで、しばし休憩です♪






で、このコーナーへ!!




お寺に伝わるたからもの その㉕

『宝金剛寺 敷地 位置図』 近代





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*プライバシーに係る部分に加工をしてあります








千葉県印旛郡和田村字寺台参拾八番ノ一 宝金剛寺敷地 位置図』とある透写紙に描かれた境内配置図。



図内に「京極盛海」とあり同氏は当寺35世盛海を指し、同情報から大正~昭和初期に描かれたと推測できる。


先の大戦で兵隊が駐留、戦後の混乱で境内状況が激変する前の図により、


鐘楼門・長屋(門)・阿弥陀堂といった今は無い堂宇が確認できる。



また、当時は虚空蔵堂(現存せず)を「本堂」としており、現在の本堂に該当する堂を「客殿」と表現している点も



興味深い。




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主要部分アップ






八街郷土史研究会編『小出古城執筆私本合冊』内、「宝金剛寺」記録にある

筆者の小出古城(1868-1949)によれば。


「山門(鐘楼門)は間口三間半奥行二間の二層造 萱葺屋根にして古色蒼然として屹立す

(中略)長屋門ありて 山門と相竝ぶ 此 長屋門は恰も富豪農家に在る長屋門の如し

寺の建造物としては少し珍奇を感ず

(中略)八幡宮とあるは前記の山門を入りて直左に在る八幡社の事にて 神佛混祭を許さゞる今日は

官廰に対しては 阿弥陀堂として届けありと昭和十六年九月三日 筆者が当院に遊びし時

住職が語れり(以下略)」




となっている。









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