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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 宝珠院 中世古文書を読み解く!

佐倉市内では近年盛り上がりを見せているイベント“にわのわ”が開催される中。





早めの昼食を済ませておとなりの酒々井町中央公民館へ行く私!






酒々井町を拠点に活動する「『ちばの絆』プロジェクト推進会議」様のシンポジウムに参加してまいりました!












シンポジウム「被災地とともにふるさとを取り戻す」




・「奥州合戦と千葉介常胤」
 丸井敬司(元千葉市郷土博物館館長)


・「陸前高田の史跡と復興街づくり」
 曳地隆元(陸前高田市教育委員会)


・「佐倉市大佐倉『宝珠院文書』を読み解く -千葉胤富の文書を中心に-」
 外山信司(印西市立木刈中学校校長)








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それぞれの発表に興味深く聴き入りましたが、




とくに今回は、先日同行の機会を得た「宝珠院調査」にまつわる部分が個人的にはポイントでした。








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5/29の宝珠院での調査(写真奥、ふすま側が外山先生)







先生のレジュメより中世における宝珠院



(1)醍醐寺三宝院、東寺の法系を受け継ぐ檀林


(2)井野 千手院和田 宝金剛寺とともに佐倉地方の真言密教の中心寺院


(3)本佐倉城下における立地


(4)近世には「佐倉五ケ寺」のうち(←中世の本佐倉城下による重要寺院の反映か)


(5)八幡神社・将門神社・浅間神社の別当寺



という特徴があるとのこと。








また、同寺に現存する*5(号)の中世文書を提示し、




下総(佐倉)千葉氏7代当主千葉胤富との関わりを紹介されました。




(*この中世文書は『千葉県の歴史 資料編 中世3(県内文書2)』に収載されています。)










また、同じく佐倉市内檀林寺院井野 千手院 にまつわる文書「宥授置文写」の紹介も



とても興味深く感じました。




(外山先生との千手院調査の詳細は→コチラ♪








あわせてこのたびは外山先生の講演内において「両界(両部)曼荼羅」のミニ解説も仰せつかり・・・。




うまくいったかはともかく。なんとか無事に努めを果たせてホッといたしましたね(^▽^;)










お寺に戻れば葬儀続きで後回しになった卒塔婆書きと境内草刈りが溜まってはおりますが、






ま、今日の所はよしといたしましょう(#^^#)






貴重な機会を与えてくださった外山信司先生。

酒々井町教育委員会の木内様。

そして什物の拝観をさせてくださった宝珠院ご住職様。


有難く心より御礼申し上げます<(_ _)>





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