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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 ありがとう♪

9月、10月と。当ブログを控えておりました。



11月からは徐々に再開したいと思います(*´▽`*)








まずもってお伝えします。









先代住職である父が亡くなりました。





本年9月13日に没し、享年86でした。




そして10月30日に本葬を執り行い、



先日で満中陰(七七日忌)を越えましたので、ここに記します。












父とは実際には約15年近く、疎遠でした。




ただ、複雑な事情からそのようには発言していませんでしたし、公には認めていませんでした。






さらに私はある時期を境に、父について他人に語ることを意図的にやめていました。





それは言いたくないからではなく“誤解されることが多すぎるから”。






私は父を嫌っても憎んでもいません(もちろん現在も)でしたが、





説明するほど、その真意は伝わらないと実感したからです。







自称「理解した人」が宝金剛寺私派となって、先代を軽視することは私の意に反します。




もちろん、一部の方から




「親父を追い出して寺の権利を握ったオトコ」と受け取られることも苦しかったですが。




ま、就任した以上はそういった類も受け入れてしかるべきかと。






それに例え私を認めないスタンスとして言っているとしても、





「親父さんの方が立派だったぞ!」ということは、子である私としては悪い気はしませんので




むしろ、承認欲求が他よりも薄く、さらに自己評価が低いであろう私は、




私への賛同者が増えた場合のほうが、全然ピンときませんので (°_°)ン?

















特に私が僧籍を持ち寺の業務のために父に随行したあたりから、父が寺を出るまでの約10年間。




父の家族に対する行動、言動、表と裏。意識。





理不尽で不条理で、不可解なことがたくさんありました。






父が私を見るとき。



恐らくそれは同業者としての近親憎悪を多分に含んでいたと分析しています。





そう考えると私はとても良く理解できました。




でも、息子である私に「理解できた」なんて思われること自体、




本人の性格上、絶対に受け入れるわけがありません。





だから私は、父への敬意をもって、父のスタンスを受け入れませんでした。





共鳴し同調するほどに私の存在は、父に負の感情を湧き立たせてしまいますから♪











その後、父は寺を出て、私がスライド式に寺を継いで。そんなこんなで約15年。



後半の10年くらいは、お互いにとってとても良い距離感だったと思っています。














IMG_20181101_145446.jpg









遷化(お坊さんが亡くなることの表現)してから本葬迄。




本当にたくさんの方が関わってくださいました!










父に成り代わって、あらためてご縁の皆様に御礼申し上げます。



ま、父は私に成り代わって欲しいなんて思うわけがありませんがネ(´∀`*)ウフフ



でも御礼ぐらい言わせてくださいな♪







最後に。








僧侶でもある私がもし家族を亡くした場合、前々からやってみたかったことがあったのです。




それは49日間(七七日忌迄)の精進潔斎。つまり肉食を禁じること。





で、結果は。







病院から連絡を受けて亡くなって諸々手続きして




遺体を安置して葬儀の打ち合わせしてなんやかや。




気が付けば食事もとらずに深夜。





仕事を工面してやっとこさ到着した姉と合流すると、




途端に空腹を感じとりあえずファミレスヘ。




メニューを開いてなんとなく目に留まったビーフシチューを頼んでいました💦






いやぁ、人間って、ほんっと思い通りにはいかないモンだ♪♪











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