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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 伝承のモトを訪ねて

昨日(5/7)は、八千代市郷土歴史研究会の依頼を受けて、



隣り町、八千代市のお寺様の仏像調査に同行してまいりました( ー`дー´)キリッ♪





真言宗豊山派に属する、星埜山 東栄寺 です。





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静謐な境内と本堂











八千代市保品(ほしな)に位置し、その地名は古く文和2年(1353)の「室町幕府御教書(みぎょうしょ)」という




当時の下総守護千葉氏胤(1337-1365)宛ての書状で「星名郷」として確認できます。






江戸時代には渡船場があり醸造業も営まれた保科の集落中央に存在し、





現在は八千代市の「八」にちなんで平成元年より始まった「八千代八福神」のうち



「福禄寿」をお祀りする寺としても親しまれています。








本日はそんなお寺様で、薬師三尊像ならびに眷属の十二神将。




そして薬師堂の根本本尊と伝わる如来像の調査を行いました('◇')ゞ





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平成14年に改修された薬師堂(左)










個人的には毎年ご開帳でお世話になっている同市の正覚院に伝わる縁起書に




「その初に作るとは、此の御首にして、終りに作る所の仏像は嵯峨野の釈迦なり。





このかみ此の本尊は保科村にありしを保元元年中の頃、平入道真円と云う人、当寺を建立しうつして本尊とす。」
とあり、






この伝承につながる何かを見てみたいという希望もありわくわくなのです♪












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写真撮影と採寸の様子







八千代市では文化財総合調査として昭和62年に『八千代市の仏像』が報告されており、



それによるとこれらのお像は全て江戸期以降とのことでしたが、



今回の調査では15~16世紀に遡る可能性のあるお像も確認され、




改めて調査の奥深さのようなものを感じることが出来ました♪










仏像から見えてくるもの、その歴史と時代背景。



もちろん全てがわかるというわけではないけれど。




こういった地道な活動で、地域の豊かな歴史が再確認されると良いな(#^^#)








あらためて機会を与えてくださった東栄寺ご住職様を始め、


八千代市郷土歴史研究会の皆様に御礼申し上げます!








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