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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 幾とせの時に現る観世音♪



今年の秋彼岸。いっぱい卒塔婆書きました!
夜遅くまで寺報の配信作業にいそしみました!!

それはきっとこの為でした~♪


そうそう!やっぱ『寺院訪問』でござる!(^-^ゝ


今回は、U-san様の御自坊『流山 光明院』さまです♪



千葉県流山市にある真言宗豊山派の寺院で正式名称を『赤城山 光明院 神楽寺』ご本尊は不動明王様。小林一茶や秋元双樹といった俳人とゆかりが深く、伊藤博文の書なども現存する格式ある古刹。その山号は流山の地名のもととなる『赤城神社』との密接なかかわりをあらわし、地元の礎ともいえる寺院でありましょう。





さっそくオイラは仲良しのよしみで堂内へ♪
焦る気持ちを抑えるためにもまずはご本尊様に礼拝。

さぁ、見学見学ぅ~♪d(´▽`)b♪

改修が済んだばかりの本堂内は、永く檀家さんに親しまれた旧来の丸柱と真新しい木材の良い薫りがマッチして至極の空間♪

残念ながら如意輪観音と伝わる『菩薩形坐像(市指定)』は修復中で拝見できませんでしたが、かわりに貴重な十一面観音様にお会いさせていただけました♪

何が貴重ってそのお厨子に書かれた銘が素敵♪
お寺と神社が分け隔てなく一体だった事を証明する書きがあるのです!!
つまりコチラのおかた。今はホトケサマだけど以前はカミサマってこと・・・?!

「カッチョいい♪」(*^^*)

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境内のすぐ隣には『赤城神社』


光明院はこの赤城神社の別当寺(神社を管理する寺院)でありましたが、明治の頃の法改正(ルール変更)で「今日から別っっ!!」ってなってしまいました。
ちなみに別当寺の「別当」とは「他のモノ」的な意味ですので、なんか神社のおまけのように感じてしまうかもしれませんが、江戸期以前の寺院は今よりも強い権勢を持っていました。だからむしろ地域の神社達が「別当寺院があれば安心っ♪」って感じだったと思われます。

そして、さらに堂内の小さなお厨子の中にはその観音様の小仏が!?
     *ご尊体のため、解像度を変えています。

この関連性にしてこの書き様があってのこのほとけさま。。。


お寺の歴史の素晴らしさを示す貴重な仏像たち♪


「やっぱ仏像ってエエなぁ」

勝手に満足感に浸るオイラなのでした。



光明院様。U-san様。寺族の皆様。
ありがとうございました。
そしてこれからも宜しくっすヾ(*゚∇^*)ノ





光明院についてはコチラの本に詳しいです。
          ↓↓↓
      濱名徳順著「北総の名刹巡礼(上)」千葉日報社








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2 Comments

U-san  

No title

遠いところお越しくださりありがとうございます。さすがの仏像好きっぷりを体感しました。いろいろ教えてくもらったことを自分でもっと調べて檀家さんにもお伝えしようと思います。

伊藤博文の書も見てもらえばよかったですね。僕の予想では贋作というか、違うんじゃないかなって気もしますが。

また、遊びに来てください。待ってます。

2010/09/23 (Thu) 22:52 | EDIT | REPLY |   

naoyanootera  

No title

U-san様。先日は本当にありがとうございました。
露骨に仏像マニアっぷりを発揮してしまいお恥ずかしい限りです。。

お寺に伝わるものは何でもそうですが、真贋や年代といったいわゆる完成度のようなモノだけでとらえると全体が見えなくなります。
やはりそのような伝承が存在する背景や経緯を味わう事が一番です。
「既成のルールで測れない程、個性なのかも」そんな風に思えてきます♪
将来のご住職様が、寺伝を基にご自身なりの解釈をされた観音様のお話を伝えてあげられると、お檀家さんは喜ばれるはずですよ。

ダイちゃんに忘れられないウチにまた遊びに行きます♪

2010/09/24 (Fri) 08:16 | EDIT | REPLY |   

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