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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 ゆっくりの方が沁みる

なるホドね~ あっはっは


「くれない族」とは数日前の新聞に載っていた言葉。

真紅の夕日のような哀愁漂う人かとおもったらそうではないらしい。


「くれない族」とはどんなことでも「やってくれない」とか「教えてくれない」という風に、
物事の責任や所在を相手に転化してしまう人たちの事を指すんだとか。 ('ε') フーン

なるホド確かにオイラもそういった類の人を見かけたことがある。

「言ってくれない」と言ってお願いされるまで困っている人に手を貸せない人。
「しっかり伝えてくれない」と言ってその相手を揶揄する人。

報道されるイチ業者のミスに対し「説明責任」なんて嫌な言葉を持ち出して、
直接関係ないのにガンガンその業者を凶弾する人も「だって説明してくれないからだ」と言うのだろう。

なんでそんなに一方的なんだろう。

そして、聞いたら(聞かれた相手は)100%応えるべきだとなぜ狂信してしまうのだろう…??

聞いてもすぐ理解できないモノの方が世の中には多い気がする。いや、ほとんどじゃないかな。





本堂建設事業の最中。オイラはあまりに無知だからたくさんのセンパイ僧侶様に聞きまくった。
「これはどうやって?」「なぜそうなの?」「どうしてこうならないの??」 !!!∑(゚ロ゚!(゚ペ?)???

そのなかで、一番頼りにしていた方があまり応えてくださらなかった。
さらっとしたお顔で「まぁそういうモノだよ♪」といったようなお答えばかり。

はぐらかされてると思った。質問をずらされていると思って落胆した。正直いらっともした。


あれから約5年。


なんとなぁくあの時の状況が理解出来てきた。

「答えはあっても、自分で導き出す事が大事なんだよ♪」という事じゃないかと。

確かにお訪ねした後、「(誰も助けてくれないから)自分で考えるよ!!」と決意し、脳みそとろけるまで考えて、
本読んであちこち見て回って、また考えた。自分なりに決断した。


それで見えてきたものが多かった気がする。

答えだけ知りたい時ほど、答えは見えてこない。


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お檀家さんと会食などに行くと、時に短絡的な質問を頂戴する。
「仏教って何?」「宗教って意味あんの?」「ホトケなんている?」
思惟の末にあらためて聞いている場合もあるのだろうが、おおよそは「とにかく答え(だけ)しりたい!」と言った粗野な感じ。

そんなとき、本当にすぐれたご僧侶の方は真理をもった一言でお答え出来るのかもしれない。

でも、オイラは「私も修行中でよくわかりませんが、でもなんとなく(あると)イイなって感じません?」みたいな事を言う。

そうすると大抵「そんな抽象的な答えが欲しいんじゃないって!」みたいな顔される。

(説明の言葉を持ってない坊主だな)みたいな印象になるんだろうか?

あるいは

(隠してんのかよ)みたいな印象かな?




正解は ……… 




どっちも半分以上あってる ヽ(´o`; オイオイ




でも、理解できないのは受け入れてないからだと思う。

「あるわきゃねー」って思えば無い。
「あると良いな」とかんじれば良い。


オイラは30数年生きてやっとわかった事もある自分を褒めたいし、
いまだにゼンゼンわからない自分も嫌いじゃない。

だってあったら良いなっておもってるモン♪


IMG_2649.jpg
一昨年の今頃に家族で行った岩手の一枚♪

こんな素敵なロケーションに、こんな立派なお堂。

なんか“ありがた~ぁいナニか”がいらっしゃる気がしませんか?







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