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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 くれる事を只待つよりも


ゆったりです~ あっはっは

コレと言った事のない一日 ヾ(;´▽`A

そんな中、一通のDMが届きました。


見れば、オイラの好きな洋服屋さんから。千葉市内に支店が出来るとの事。

実はこのお店、京都を中心としていてオイラの住む場所から一番近い店舗でも都内代官山。

だから年に1・2回くらいしか買いに行けないし、ここ数年は行く事も出来ず。
オンラインショップに掲載されるものだけをチェックして、「よし!!」と感ずるものだけを購入していました。
モチロンネット販売では試着もできないし、じかに見る印象と違うかもしれないのでちょっとドキドキ。。

お気に入りのアイテムだった場合はガッツポーズです♪


県内に出来た事は行きやすくって便利♪

だけど、若干天の邪鬼なところがあるオイラにはちょっと複雑。

(簡単に手に入るのって利便性は上がれど存在価値は落ちるカモ…)





あるいは地方のお土産。


今の時代はわざわざ現地へ行かなくとも通販やらネット販売やらで簡単にお取り寄せが出来る。

それはそれで嬉しいけれど、なんだかやっぱり、ちょっぴりカルいような…。

わざわざそこへ行くから“気持ち”が余計入って有り難いような気がする。






何が言いたいって?!






便利がいけないなんて言ってないよ!



そんな二項対立的な発想で片づける気はさらさら無い。 ブンブン (>_< )Ξ( >_<) ブンブン


いまさら携帯電話もPCもカーナビも無い生活は想像しにくいし、
妻に「洗濯板で家族の服を洗え!」なんてナンセンスに懐古主義的な理論を言うつもりも無い。


でも、少しだけ。

便利の裏を想いたい。


電話で呼びつければ何でも手に入り、聞けば必ず相手が答えを出してくれて、自分の知識と能力で全て片付く。

そんなのって有り難くない。


わざわざ汗をかいて登った山から観る景色はすばらしいし、その場所で知った事実は予備知識を遥かに凌駕する。

そこで食べたモノはその場所一体となって美味しさが増し、迎えに言った分、全ての事が有り難くなる。



オイラはそう思ってやまない。





で。

例えばオイラは仏教を伝え、縁ある人の先祖や現在や未来を祈る坊主。

入口を広め(教えに)登りやすくするためには、気軽にこっちから出向いて相手の質問に何でも答え
相手の望みという名の欲求を叶えたい。

でも。

ホントに身につけたいのなら、まずはわざわざお寺に足を運んでほしいし、じっくり観て・感じて・想って欲しい。

オイラは日々そういう思いで、無い坊主力を振り絞る。何かの答えがお寺全体で感じ取れるように。

やっと手に入れる有り難さの方が、心にしっかとしずむ。

そんな事を想ってしまうのであ~る♪♪




… うまく伝わんないなぁ。



でも、そういうもんでしょ♪明るくいこうゼイ(o^∇^o)ノ




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