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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 でも、大切だと想う


市内のご寺院様の葬儀にお手伝いとして参加してきました。






ご霊位様が僧侶であれば、もちろん読経するのも僧侶ですし、という事は会葬にも僧侶が多くなります。

色々なご寺院様が集まると、ふとしたお話しの中にもそれぞれの経験に裏打ちされた仏事に関する見解があり、

オイラのような若輩坊主にとって、とても為になる事が多いです。

あちらやコチラで始める何気ない会話に耳をそばだてて勉強するのですが、まだ体調が万全でなかったために

集中力が足りない事が残念でした。



葬儀については、昨今何かと問題が取りざたされています。


その中心は主に“不要論”

確かに形骸化しているとの批判は否めず、祭祀者の努力不足や発信不足は大いに反省するところです。


だけど「よくわからない」のに「要らない」と言い切るのはちょっとなぁ。。。


だってオイラは多く経験を積まれた先輩僧侶様の色々なお話しに触れるたびに、

葬送儀礼の奥の深さや意義深さを感じるのですから。



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学生の時、「卒業式なんて堅苦しいしカッタルイなぁ」と素直に思った。

だからといってやらない方が本当に良かったのか?




結婚する時、「披露宴なんて大それた事、がらじゃないなぁ」という自分がいた。

かといってやってみてもなお否定的にとらえているのか?



過程や準備は大変でも、その経験によって向き合えたり感じられたりしたことは自分の人生に大きく影響している。

それは通過してみて、経験してみないとわからない事でもある。










要らないと言い切る前にまず一度向き合ってみて欲しい。






仏教=葬儀ではないのは当然だが、現在の日本ではかなり大きなウエートを占めているのも事実。

オイラは伝える努力をもっとしなければ。






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