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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 偶然それともヒツゼン!

やらなきゃね~ あっはっはh


年末へ向けてやらなきゃいけない事が盛りだくさん♪

午前中は役員会で出すお茶菓子や使用する備品を購入。

午後は境内の落ち葉掃除。晴れている日は落ち葉焚きのチャンス!とばかりに

境内に面する道も落ち葉が気になっていたので一気に掃除。

その後アチコチお電話したりお手紙書いたり・・・。

気がつけば夕日が沈む。

一日は短いなぁ~(●^o^●)







さて、またも偏ったジャンルの読書です。


落語進化論 (新潮選書)落語進化論 (新潮選書)
(2011/06)
立川 志らく

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「ふふんっ、また落語かい。。」

「お寺となんかカンケーあるのかい??」


という声が聞こえてきそうなので・・・(笑) では



おてらくご―落語の中の浄土真宗おてらくご―落語の中の浄土真宗
(2010/09)
釈 徹宗

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近年の落語の再評価と、仏教への関心の高まりは無縁ではない。日本の芸能の多くが宗教儀礼の模倣にルーツを持つことを知れば、落語の持つ高い文化性と宗教性が理解できる。子どもの頃からお説教と落語の両方を聞いてきた著者が語る、とっておきの“おてらくご”論。(他ページより引用)



ということで(笑)












まぁそもそもオイラが落語を聞き出したのは、



堂宇建設も佳境に入った頃

「新しくなった本堂でなにか楽しい催しをしてみたいっ!」という大志を抱いてあちこちイメージを探していて

偶然いくつかのお寺で開催された落語会に触れあう事が出来た事。



そして、宗派の講習会の中で

「お坊さんの法話は時に独りよがりな仏教知識論となり、お檀家さんが我慢して聞いてくださっているのでは

結局本位が伝わらないから意味が無い。

せっかく有り難いことを伝えたいのなら、相手に興味を持ってもらうように話せることも大事。

その点、例えば噺家さんの話は魅力的で表現が巧みで思わず引き込まれる。

そんな事実からも学べる事が多いんじゃないかと思う。」

といったような話を聞いて、成るホドと思って聴きだして

結果ガンガンハマって行くという事でもあったのだ (。・_・。)ノ






また、落語も仏教も奥深い歴史に支えられている半面。時代から遅れているといった要素もはらんでゆくでしょ。

そんな中、上記掲載の『落語進化論』では、

「落語はオモシロイ!ただ演者の腕が悪いからツマラなくなる!!」といった分析もあり、

これは“仏教(お寺)”にも当てはまるんじゃないかと思いながら熟読いたしました♪



「仏教(お寺)は素晴らしい!ただ坊さんの力が足りないから胡散臭い!!」みたいな(笑)




仏教(お寺)自体に価値が無いならならば努力しても意味が無いけど、

坊さんのスキル次第で本当の良さが伝えられるなら、オイラにとってとってもやりがいがあるなぁ。。。


と思ったりしてみました(*^_^*) チャンチャン♪♪






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