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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 歴史をつなげる人の縁

つながってるね~ あっはっは


以前お寺の資料の中から発見した古文書(2012/06/06ブログ内)。

オイラにとっては意味不明の古紙ですが、わかる人が見ると価値が違う!

というわけで、その全貌とまでは行かずとも内容が判明いたしました(^-^)




お寺に伝わるたからもの その⑭
古文書『順雙房宛』 一通
*通常非公開


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智積院 僧正  日誉(花押)








翻刻文:

(包紙ウハ書)「順雙房」

往古之守法義遂住山、
習学観心不怠上者、
在国節可有法談執行、
各出会場企平時仕者
任 御法度可有、其
沙汰猶能所化一同可致
相守 御朱印之旨者
也、仍如件

元和七年酉        智積院僧正
正月廿一日         日誉(花押)

  順雙房





読下し:

往古の法義を守り、往山を遂げ、
観心を習学し、怠らざるの上は、
在国の節は法談執行有る可し。
各会場を出で、平時在るを企つるは、
御法度に任せ、其の沙汰有る可し。
猶、能く所化一同
御朱印の旨を相守り致す可き者也。
仍って件の如し。




京都にある智積院の僧正日誉が元和7(1621)年に順雙なる僧侶に宛てた書状
直弟子と推測される順雙が晋山(お寺の住職に就任)するにあたり、
その心構えや守るべき教えについて伝えたであろう手紙。
文章後半部には所化(順雙に従う弟子たちか?)に対する内容も書かれており、
順雙が就任した寺院がある程度大きな規模であった事も推測できる。
智積院は現在真言宗智山派の総本山。日誉は第三世能化(住職)

宝金剛寺の元和時(1615-1624)の住職は覚秀であり、
順雙という人物とは直接つながらない。当寺伝来との関連性は今後の調査が必要である。












協力:元佐倉市文化財審議委員
       外山 信司 様
   佐倉市市史編さん担当
   副主幹 土佐 博文 様
  




当掲載情報について、ご指導・ご指摘をお待ちしております。

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