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ゆうごうの「目指せこころあつまるお寺!」

千葉県佐倉市直弥にある「皓月山 宝金剛寺」住職 京極勇剛の部屋

 布と記録を縫い合わせ


あっはっは~のは♪


何のためになるのか自分でもわからないが、

きっと役に立つだろうと当寺の古文書や什物をゴソゴソ探求しつづけるオイラ。



たいていが「何コレ?」「何時の?」「何に使うの?」「大事なモノ?」といったアイテムばかり。

とっかかりとなる調べ方すらわからず断念する事数知れず。。。

しかしそれでも一応頭の片隅に入れておけば、

何かのキッカケで進展する事もあるのです♪♪



そんな前置きをいれつつ・・・(*^_^*)





お寺に伝わるたからもの その⑯~⑱

『布製幡 ヌノセイバン』×3種




幡・・・幡(ばん)は仏の功徳を表すために飾る荘厳具の一つで、仏殿の柱や堂外などに高くつるす。縦長で布製のほか金銅や板紙製もあり、葬送儀礼では紙で作ったりもする。元はインドで聖者の標識とされていたという。一般的に布製の幡を和幡・金銅製を玉幡。また四角や六角等筒状の幡を憧幡と表する。



以前、コチラで金銅製の“玉幡”は御紹介したのですが、こんどは布製のいわゆる“和幡”です。


まずは3種それぞれの(全体写真)を。




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とその前に、皆さん海の生き物“イカ”を想像してください。

そうすればこれからの説明がわかりやすくなります!

イカの姿を「(サンカクの)頭」・「(四角い)胴体」・「(複数の)足」の三種に分類します。

そしてそれらを幡の名称にあてはめると「頭=幡頭」・「胴体=幡身」・「足=幡足」となります。

わかりましたか?

では、続きをどーぞ!

(*写真の内、特定の名前をあらわす部分は加工してあります)

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幡身部に紋(丸に花菱)の入った形。
サイズは巾約300㎜・全体の長さが約2400㎜。幡頭から幡身までが約900㎜である
*以下⑰.⑱も同サイズとみなす

そして幡身ウラ面に銘があります

IMG_5544_20130123155445.jpg

年号はありません。





続いて。



IMG_5545.jpg

IMG_5546.jpg

損傷が多く特に幡足は劣化が激しいですが、花をモチーフにしたような模様があります。



IMG_5548_20130123155552.jpg


3種のうち唯一年号があります。
享保16(1731)年4月吉日。
法印周慧とは当寺第25世の事。


IMG_5547.jpg

幡身の縁の内側に何か発見!(詳細不明)





そして。



IMG_5549.jpg

シンプルなデザイン。幡足の1つが失われています。

IMG_5550.jpg


IMG_5551_20130123155645.jpg

年代不詳。委細は後ほど♪









住職所見:
旧本堂にてボロボロでぐりぐりに丸めてあった状態で発見。
近世では故人のキモノを仕立て直して仏具として奉納する例があるのでこれらも同じ意趣だろうと考える。
経典『維摩経』によれば、幡は魔を払う(降魔)とされ、
そこから使者のキモノを奉納する事が極楽往生につながるとされたそうです。








あ、で冒頭の部分ですが♪

実はこれらの3種はその状態からどれも江戸中~後期のものであると想像するのですが、

せっかくなら年号の無いモノも突き止めたいと思っていました。

そして銘にある戒名をヒントに当寺過去帳を使って探しに探してみたのです。(o._.)o ドレドレ・・・

ですがその頃の当寺の過去帳は、極小の字やらハイパー達筆記載やらですから結局発見には至らず。



少々凹んでおりました (´Д`) =3 ハゥー





が!



あるとき急に、オイラの記憶がつながったのです!!!



「あの名前、どっかでも見たような・・・???あ?! わかった!!!」 m(;∇;)m 



それは当ブログで以前(2112/02/01)で紹介した、須弥壇の棟札です!!


IMG_3706.jpg
*名前の部分はプライバシーに配慮しています



おぉ!思った通り同一人物!!! ∑o(*'o'*)o

調べていてよかったなぁ♪♪



実はコチラのお名前のおウチは当時からお檀家さんではなく、

当時佐倉市内に広がっていた講の代表者であったことが分かっています!


「どぉりで、過去帳に載っていない訳だ!!!」


全く違うものだった二つの事柄(須弥壇と和幡)がつながって、なんだか価値が増したような気がします♪♪





だぁれにもわからないだろうケド。。。

オイラは勝手にガッツポーズ!!!

そしてまた、自分で自分を褒めてあげるのです(*^_^*)












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宝金剛寺常設展
『宝金剛寺を伝えるもの-近世からみるカタチ-』 については → コチラ




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2 Comments

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2014/02/13 (Thu) 13:23 | EDIT | REPLY |   

naoyanootera  

Re: ぼろぼろの憧幡

鍵コメY様 コメントありがとうございます。

お寺で何かを修復しようとすると、こんな場面に遭遇したりします。



その1

住職)「だいぶ痛んできたから修理したいんだけどどぉ?」

文化財専門家)「その時代を表す貴重な文化財ですからできるだけ現状のままでいお願いします」

住)「文化財でもあるんだろうけど見てくれも大事だけどなぁ・・・」


その2

住)「だいぶ痛んできたから修理したいんだけどどぉ?」

修理業者)「当時の素材と合わせるのは大変でコストもかかりますので新調したらいかがです」

住)「昔からあるのに取り替えたら意味ない気がする・・・」


見栄えを優先すれば文化財的価値を無くし、取り替えると信仰的価値を無くす。

こんな狭間に揺れる中、その現物の裏面にお檀家さんのご先祖の名前でも入っていようものなら
よけいに取り替えたりましてや処分したりできるはずもなく・・・。

それでもなお取りかかるとすれば専門的な知識も必要だしもちろんコストもかかるし。

「変にいじって波風立てるより、昔からこうだからこのままでいいかな」と
やや妥協的なカタチにおさまるという事も想像に難くありません。




ひょっとしてなぁんにも考えていないのかもしれません(笑)

むしろしたたかに、ボロっちいところをお見せして新規(修復)寄進者を待っているかもしれません(汗)



Yさまのご意見もおっしゃる通りですが、文化財専門家も修理業者も口をそろえて言うのは
「安易な修理はむしろ現物の価値を下げる」という事であったりもしますし私も同感です。


そんなことを踏まえて次回今一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

案外、愛着がわいてくるやもしれません♪♪♪


私もフンゾウエの精神を忘れずに、日々精進してまいりたいと思います('◇')ゞ

2014/02/13 (Thu) 17:53 | EDIT | REPLY |   

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